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編集委員長のあいさつ

脳神経外科医になって20数年になる私が診断や治療直接関わった、「胎児期に分かった水頭症」のお子さんは50人くらいになります。この間、患者さんや、その家族から様々なことを教えられました。

最初に出会ったのは、出産真近になって胎児の頭が大きいために、産科外来に紹介されてきた方でした。まだ開発途上にあった超音波診断機器の画像は不鮮明でしたが、通常よりはるかに大きな脳室を映し出していました。出生前に水頭症が診断されることに不慣れだった当時は、出生前に産科医が説明した内容と、出生後に脳神経外科医である私たちが両親に説明した内容に、食い違いが生じて、両親を混乱させてしまいました。治療として、脳室腹腔シャント術を勧める私に、父親は「産科の医者は生まれたらすぐに亡くなるといったのにいまさら手術だなんて」と私に怒りをぶつけ、手術を拒否しました。説得して手術を受けていただいたその子は20歳を超え、精神発達遅滞はありますが、両親やほかの姉妹と幸せに暮らしています。手術の数年後に、父親からは、一時期でも子どもの存在を否定したことを後悔する手紙を貰いました。母親は、産科の先生に、「生まれてもそんなに長く生き続けませんよ」と説明されたときの衝撃を今でも語ります。

問題点は、いくつもありました。産科と脳神経外科の医師の間の認識や治療方針の食い違い、また産科医の価値観と母親の想いの大きなズレ、両親の間での微妙な差、そして「生まれたらすぐに亡くなる」という誤った医療情報です。当時は、産科医ばかりか、脳神経外科の上司や私にも、この疾患の長期予後に関しての知識も情報もなかったので、その胎児が、成人となって歩いており、たまに脳神経外科外来に顔を見せ、作業所では楽しく働いている現在を想像すらできませんでした。 しかし、それから20数年たった今でも、あまり状況が変わったとは言えません。最近でも、脳室拡大があるといわれて、いくつかの病院を経て紹介されてくるお母さんが、それまでの病院で十分な説明をされていないために、不安が膨らみ、疲れ果てているということがあります。

その原因のひとつには胎児期水頭症に関する予後評価や治療の指針になるようなものが存在していないことが、大きく影響しています。その背景には、胎児期水頭症がもともとまれな病気であるだけでなく、出生前診断とくに妊娠中絶に対しての考え方が、各国の宗教的、倫理的、社会経済的背景により様々であることにも起因しています。アイルランドやアメリカの一部の州のように、宗教的理由や中絶反対派の強い影響のために、妊娠中絶が認められてない国もあれば、イギリス、フランスのように胎児に重篤な疾患があるという理由(胎児条項)により、妊娠後期まで妊娠中絶が許されている国もあります。1980年以降の論文ではこのような背景の違いがあるため、自然経過や治療転帰の正確な評価は困難です。

また、一線で診断した産科の先生が、水頭症の子どもがどのように育っていくかということを知らないということも別の要因です。最初の手術をした脳神経外科医でも、その後の経過はみていなければ同じことです。

こんな状況の中で、私が1999年から2005年まで主任研究者をつとめてきた、厚生労働省難治性疾患克服研究事業(旧特定疾患対策研究事業)先天性水頭症調査研究班は、6年間の研究成果の締めくくりとして、水頭症の中で最も未解決の問題である胎児期水頭症を取り上げました。小児脳神経外科医が中心になって、産科医、新生児科医、放射線科医、臨床遺伝科医で、編集委員会を形成し、患者家族の会の代表者も交えた検討会を何度か持ちました。全国の1861施設から884症例データを集め、胎児期水頭症の診断技術及び治療のガイドラインの形成を目指してきました。これは、世界的にも貴重なデータであり、「胎児期水頭症ガイドライン編集委員会」は、今後もより精密なガイドライン確立を目指し、活動を継続しております。

編集委員長 山崎 麻美

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